釜山ビエンナーレ part2 -2
2008/09/24
釜山ビエンナーレ part2-1の続きです。
しばらく会場を巡っていると、辻直之のアニメーションを発見。落ち込んできた気持が安らぎます。

2006年「CHILDREN OF SHADOWS」
静かな空間に、10畳ほどの大きさの存在感ある真っ白な作品。
しかし、近づいていくと、細かなデティールが徐々に鮮明に見えてきます。

よく見ると、これは地図!吹けば飛んでしまうようなベビーパウダーで制作された作品。台座の脇には「Please do not Touch」の文字が、そう書かれてあると余計に触りたくなります。逸る気持ちを抑えて確認すると、際のところどころに明らかに誰か触ったような指のあとが、。展覧会期中、ただの粉になってしまわないことを祈ります。
近づくとこんな感じです。

作品名は「CITY OF GHOST」、2008年
横トリ2001、2005やアジアのビエンナーレの常連のインド系タイ人アーティスト、Navin Rawanchaikul(ナウィン・ラワンチャイクン)の作品。これまで、多彩でエキセントリックなイメージが強かったものでちょっと新鮮です。

作品のとなりにある1m平方の台座の上には、Busan地図の上に切り抜きの道路が重ねられた作品が。
今度は、Sara Schnadt(サラ・シュナット)のインスタレーション「CONNECTIVITY」。World Wide Webをローテクで視覚化してます。
壁には地域名が書いてある地図が貼ってあり、そこから繊維を反対側の地図へと張り巡らせています。繊維を使って、多種多様なコンテンツや、情報を自由にやりとりできるWebを称賛しているとのこと。単純に「きれい」。

遠く寂しい道のりのなか、「宝物」を発見したような気持ちにさせてくれたのが、さわひらきの映像作品「Going Places Sitting Down」2004年。ピアノの鍵盤に鼓動のようなリズムで揺れる木馬。
花瓶の中にゆっくりと浮遊する飛行機。

シンクの中をゆらゆら揺れながら泳ぎ進む木馬。

誰もいないことがかえって贅沢に思えた8分40秒の映像時間。
そして、もうひとつ発見した「宝物」のような作品が、宮永愛子の「A Morning a calm comes」2008年。仕切られた暗い空間にアクリルケースに入ったナフタリンの作品が、無造作に展示されています。
その人が誰かを語るかのように、形どられた道具。

アクリルケースの内側には飛び散ったかのように付着したナフタリン。昇華し結晶化されているみたいです。

時間の経過とともに、昇華しはかなく変化していきます。
展覧会終了後にまた来て見てみたくなりました。

対話するような作品のあと、
田中功起の映像「Simple Gesture and Temporary Sculpture」で気分は爽快に。

トイレットペーパー、一気に引っ張ってます。
芯がくるくる回っちゃってます。
結局、見終わるまで数人しかすれ違わなかった2時間半。会場入り口ではかなり後悔しましたが、会場を出た後は、まるで自分のためだけにある展覧会だったと都合よく勘違い。満足感たっぷりで気持ちよく釜山をさりました。
しばらく会場を巡っていると、辻直之のアニメーションを発見。落ち込んできた気持が安らぎます。

2006年「CHILDREN OF SHADOWS」
静かな空間に、10畳ほどの大きさの存在感ある真っ白な作品。
しかし、近づいていくと、細かなデティールが徐々に鮮明に見えてきます。

よく見ると、これは地図!吹けば飛んでしまうようなベビーパウダーで制作された作品。台座の脇には「Please do not Touch」の文字が、そう書かれてあると余計に触りたくなります。逸る気持ちを抑えて確認すると、際のところどころに明らかに誰か触ったような指のあとが、。展覧会期中、ただの粉になってしまわないことを祈ります。
近づくとこんな感じです。

作品名は「CITY OF GHOST」、2008年
横トリ2001、2005やアジアのビエンナーレの常連のインド系タイ人アーティスト、Navin Rawanchaikul(ナウィン・ラワンチャイクン)の作品。これまで、多彩でエキセントリックなイメージが強かったものでちょっと新鮮です。

作品のとなりにある1m平方の台座の上には、Busan地図の上に切り抜きの道路が重ねられた作品が。
今度は、Sara Schnadt(サラ・シュナット)のインスタレーション「CONNECTIVITY」。World Wide Webをローテクで視覚化してます。
壁には地域名が書いてある地図が貼ってあり、そこから繊維を反対側の地図へと張り巡らせています。繊維を使って、多種多様なコンテンツや、情報を自由にやりとりできるWebを称賛しているとのこと。単純に「きれい」。

遠く寂しい道のりのなか、「宝物」を発見したような気持ちにさせてくれたのが、さわひらきの映像作品「Going Places Sitting Down」2004年。ピアノの鍵盤に鼓動のようなリズムで揺れる木馬。
花瓶の中にゆっくりと浮遊する飛行機。

シンクの中をゆらゆら揺れながら泳ぎ進む木馬。

誰もいないことがかえって贅沢に思えた8分40秒の映像時間。
そして、もうひとつ発見した「宝物」のような作品が、宮永愛子の「A Morning a calm comes」2008年。仕切られた暗い空間にアクリルケースに入ったナフタリンの作品が、無造作に展示されています。
その人が誰かを語るかのように、形どられた道具。

アクリルケースの内側には飛び散ったかのように付着したナフタリン。昇華し結晶化されているみたいです。

時間の経過とともに、昇華しはかなく変化していきます。
展覧会終了後にまた来て見てみたくなりました。

対話するような作品のあと、
田中功起の映像「Simple Gesture and Temporary Sculpture」で気分は爽快に。

トイレットペーパー、一気に引っ張ってます。
芯がくるくる回っちゃってます。
結局、見終わるまで数人しかすれ違わなかった2時間半。会場入り口ではかなり後悔しましたが、会場を出た後は、まるで自分のためだけにある展覧会だったと都合よく勘違い。満足感たっぷりで気持ちよく釜山をさりました。



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